かのくらかの

かのくらかのが送るかのくらかの。と言われたい。娯楽感想日記。

ネタバレを含みます。

夏海公司 葉桜が来た夏 01 感想

久々に読むのがつらかった。

一言でまとめるなら
「主人公の言動不一致が耐えられなかった」
あるいは
「野望と正反対の枠組みの中に居つづけ、なのに野望を公言して憚らない」
って感じでしょうか。
本文中で最後の最後にそれが肯定的に書かれますが、その時点でもう心が離れていたので…

作品自体は前から落ちついたイラストと5巻完結という円満ムードから興味はあったのですが、
カレーなる辛口Javaな転職日記でおなじみ「なれる!SE」の作者だということで、そっちを読みたいがゆえにデビュー作から読んでおこうと手を出しました。

第14回電撃小説大賞にて選考委員奨励賞受賞作品

らしいです。

さわり

空から十字架が落ちてきて、人間より強い美女ばかりの種族とファーストコンタクトしました。
両種族の未来のためにボーイ・ミーツ・ガール。

はい。

外来種アポストリは強くて銀に弱くて吸血するということで吸血鬼モチーフですね。
吸血=性行為に繋がる部分は亜人ちゃんは語りたいでもありましたが、下僕を増やすイメージ以上に元ネタがあるのかしらん?

はじめのシチュエーション的にはDearSに似ているなと思いました。
ヒロインの葉桜はまったくの無知ではなく座学系世間知らずタイプでしたが。
葉桜と出会ってからは怪力・赤目・金髪ということでアルクェイドなイメージでしたね。月姫やってないんですけどすごいイメージ強かったです。

ストーリー

人類とアポストリとの出会いから19年後。
親アポストリとして重要な政治的立ち位置に居る父を持つ主人公は片腕のアポストリに母親と妹を殺された現場を目撃し、アポストリ全体を強く憎みつつ6年がたち、高校生2年生となり政治的に葉桜と"共棲"することに…。

というのが舞台からの主人公のストーリーですね。
この「復讐」が根底にあるのが難しくなっているんですね…。

琵琶湖に落ちたアポストリの移民船のせいで「居留区」という壁に区切られた地域で生れ落ち、”共棲”の義務などが生じる特殊な扱いになっているものの、若者たちはアポストリとのファーストコンタクト以後に生まれていて、出会ったときの戦闘状態を知らない世代って扱いです。
だからアポストリに好感を持たないというのは大人世代ではまだまだ共感もあるのですが…

「復讐者」としての主人公があいまい

<片腕>を見つけ出し仇をとることが主人公の目的です。
そんな高校二年生の主人公の南方学くんの希望進路とは…

「アポストリが憎いから居留区外の大学に進学したい」
です。
…ん?

なにか、おかしい。

学くんは体を鍛えております。来るべき、人より強いアポストリの<片腕>と対するためです。
アポストリは建前上、「居留区」にのみ住んでいることになっています。

そんな居留区を学くんは出て行きたいそうです。
んーと、えーっと、そうね。
<片腕>を探すなら、アポストリを倒すなら、アポストリに近づいて情報を探ったり弱点を探ったりしたほうがいいのでは…?

父親ともソリが合ってないのですが、大学の資金は親便りになるのでしょうか?
苦学生するのかな?
復讐する暇できるのかな?

結局、高校から外部への受験許可?というものが降りず、進路がいまひとつ定まらない学くん。
帰り道に共棲者にけしかけられたアポストリと喧嘩し、その強さを目の当たりにします。
…アポストリさんとってもお強いです。素手で街路樹をなぎ倒します。
後々ではスクーター並みに早く走れ、銃弾を腕に受けて動きに支障がない程度に痛がる姿が描写されます。
…学くん勝ち目無くないですか?
いちおう銀に弱いって設定があるのですが。学くんも欲しがるものの居留区への持込は厳しく禁止されているそうで。当然ですね。
身体能力的にも銀のナイフ程度では無理そう。銀の弾丸などで?ウォルターに頼むのかな?
特殊兵装っぽいものが配備されているそうですが、一般人には手に入らないでしょう。いわんや高校生をや。

そんなことがあったあと、普通の人よりはやく葉桜との共棲を持ちかけられるのですが…学くんは断固拒否です。

うーん、主人公はアポストリが嫌いで、仇のアポストリを私刑(家族をアポストリに殺されたことを政治的に公にされていないので)したいのです。
でも、アポストリに関する知識などは徹底的に身に着けようとしないのです。

「キミ、本当にアポストリのことを何も知らないのだな」
「悪かったな」
 学は唇をへの字に歪めた。確かに、彼はアポストリ関連の授業をまともに受けていない。
学校では彼が必要とする知識――アポストリの弱点や戦い方は教えてくれなかったし、実習でアポストリと交流するのもわずらわしかった。二年に入ってからの特別カリキュラム、共棲の事前オリエンテーションにも顔を出していない。結果として、学のアポストリに関する知識はひどく偏ったものになっていた。

高校生だから、居留区民だから、政府筋の父親を持つから、出来ることが限られると言うのはわかります。
でも、学くんの行動には一貫性がない。
彼を知り己を知れば百戦殆うからずといいますが、学くんは弱点は知りたくても基本的知識は欲しくないと言います。
アポストリは憎むべき、攻略すべき敵なのか、それとも忌避すべき異種族なのかがブレブレに見えました。
まあ基本は忌避で<片腕>だけは、でもまだなんとかですが、最終的には葉桜というアポストリへの態度の軟化を通じて<片腕>への復讐をも諦めるので…

父親を含む親アポストリ側の援助にべったりな独り立ちしていない高校に通う復讐者という設定を素直に受け取れないのは私が年を取り過ぎたからでしょうか…?

「<片腕>を見つけて、<片腕>を殺して、<片腕>を切り刻む。それが俺の全てだ。他のことはどうでもいい」

葉桜のために一緒にプリクラをとった後、<片腕>の情報を手に入れた主人公の所信表明です。

軟化が早い

物語は主人公がアポストリを受け入れていく部分がメインなのですが、それも結構早かったです。
葉桜との関係は、読み間違ってなかったら大体
1日目:出会い。共棲拒否
2日目:二人で買い物。誘拐未遂を助けられて葉桜、銃創を負う。
3日目:葉桜体調不良で学くん心配する。
こんな感じです。間違っても一週間以内の出来事なはず。
で、3日目からの不調を案じて先の引用文のように知ろうとしなかった知識を遅ればせながら得ようとしているわけですね。
週末にはおめでたい報告が聞けそうかな
ってこれは好きなBBCSHERLOCKのセリフですが、交流回数にしては関係の進展が早いのが気になりました。
普通のボーイミーツガールならよいですが、何度も書きますけれど主人公の対アポストリ好感度はマイナスMAX近いですからね。
らんま1/2でももうちょっとゆったりした進行ですよ。
この進行の早さが、主人公の恨みの深さだとかが薄く感じる一助になってしまったのです。

危機意識の薄さ

このお話はファーストコンタクト時の戦闘から端を発する、(日本)人類全体的な政治的・テロル的な集団が重要な位置を占めるのですが、学くんは宿敵<片腕>を探すために第三者の手を借ります。
まあ高校生ですからね。一人ではおのずから限界がありますからね。

で、その手段は
「マスコミに居留区の特命全権大使たる父親の秘匿されているスケジュールを(定期的に)横流しする代わりに<片腕>を探してもらう」
うん。
やばいですよね。普通に考えれば協力者に扮した反アポストリ勢力の甘言ですよね。
でも大丈夫です。ちゃんと疑います。葉桜もちゃんと。

「こりゃ傑作だ、テロリスト、テロリストか。僕も色んな職業に間違われたけど、これは初めてだ。南方大使を暗殺だって? そりゃさぞかし良いニュースになるんだろうな」
 春木はサングラスを持ち上げ、目尻の涙を拭いながら手帳を開いた。一枚の名詞を取り出し、葉桜に差し出す。葉桜は目を瞬きながら名詞を読み上げた。
「日本合同通信・政治部記者、居留区担当……?」
「春木と言います、初めまして」
 男はにこりと微笑んでみせた。葉桜は狐につままれたような表情で、名刺を見据えている。
学は小さく鼻を鳴らした。
「二年くらい前から彦根居留区を担当しているんだ。親父やアポストリ関係を追いかけてる」
「南方大使の予定はトップシークレットでね、僕等も取材には苦労しているんだ。こうして学くんから情報をもらうことで、効率的に同業者を出し抜けるわけさ。ああ、もらった情報は取材目的以外には使用しないから、それは安心してもらっていい」
「……マスコミの……人?」
「ああ」
 学は頷いた。仏頂面で葉桜を見据える。
「テロリストじゃ……ないの?」
「あたりまえだろ、馬鹿馬鹿しい」

はい、ジャスト1ページでした。
めちゃめちゃ(マスコミを装った)テロリストっぽい
と思ったのはどうやら私だけのようで、以後疑いはありません。
むしろ本筋にもほとんど絡みません。
春木氏の真実はともかく、このやり取りで信頼を勝ち得たのがいかんとも受け入れがたくてですね…
アポストリの情報を探している高校生に対価としてトップシークレットの情報を欲しがる大人が近寄るとか怪し過ぎる。
葉桜もせめて名刺の名前をネットで調べるなど裏取りしてればまだ説得感が出るのですが。

春木氏は結局ほぼフェードアウトで真相はわからないのですが、襲撃事件のときも間接的に学くんが情報を売ってきた結果なのでは?と頭の片隅で引っかかり続けたのがしんどかったです。

<片腕>の正体

現在、居留区のアポストリは全員データ化されており、春木氏によれば偽造もなし。
現在までに記録上は片腕のアポストリは存在しなかったことになっています。

私は正体が明かされるまで、「<片腕>は人間」説をもっていました。
外見上の違いは美人を除けば目の赤さぐらいですからね。カラコン使えば人間がアポストリに扮することも、政治的に扮する理由も上手くつながるなと思っていました。

で、明かされた正体は
「生身と遜色ない義手をつけて人間の高校生として紛れ込んでいた19年前にMIAとなったアポストリ(反融和政策の人類団体に協力)(主人公の唯一の友人)」
でした。

ふーむ、図らずも人間とアポストリが相互擬態できそうな部分は当たっていましたね。
片腕の部分もオーバーテクノロジーの宇宙人ですからね。
データに現れないのもMIAだから。19年前だけどアポストリは外見の成長が止まるから高校生に紛れ込める。

学くんに近づいたのも父親目的。でもだんだん学くんに興味が出て…
というのもなかなか悪くはなかったです。

まあ<片腕>だと自分から明かして学くんに殺したくないから来るなというのは多少無理がありましたが。

ちなみに19年前のアポストリ側の損害は三万人。MIAがおきるなら<片腕>のような存在はまだまだたくさん居そうですね。
しかし人類側の二百万人という被害もとんでもない数字ですけどね。

<片腕>が肯定する学くんの生き方

さんざアンビバレンツな学くんの生活をけなして来ましたが、実はそこまで作者の計算のうちだったのです。
属する社会を憎みつつ暮らす学くんを、属していた社会の今を憎み望むべき流れにしようとする<片腕>さんが魅かれた理由はこうです。

「キミは私に似ていた」
「どういう意味だよ」
「君も私も望んでもいないものを愛せといわれた。私は終戦後の世界を、君は家族を殺した相手の同属を。私はそのジレンマに耐えられず、世界そのものから外れた。だが君は――」


「君は枠組みから外れることなく日常を営んでいた。それがとても興味深かった。


 どう答えてよいか分からず、学は沈黙した。彼が世界から外れなかった理由、それはひとえに彼が無力だったからだ。灯日のような力があれば、彼はアポストリ相手に戦争を始めていたかもしれない。

無力ゆえに望まぬ日常を営んでいたことを肯定するようなセリフですね。
また、学自身もちゃんとジレンマの中で生きていたことを示唆させる内面が伺えます。
もし、このあたりを序盤からちゃんと読み取ることができていたら、私は学くんを好きになれたかもしれません。
でもこのシーン、エピローグの3ページ前です。
ここまで、学をあまり好ましくないキャラクターとして読み進んで、やっとこさのこり20ページほどだと頑張って読み進めてきたのです。
残念ながら、評価をひっくり返すには遅過ぎました。
無力だから受け入れられる。というのは良い題材だと思うのですが、それをブレと受け取ってしまっていたのがひとえに私の敗因ですね。

葉桜のキャラクターは良かった

素直でストレートで好感を持ちやすいヒロインでした。
絡み辛い主人公に対して大健闘していたと言えるでしょう。
彼女にちょっとでも捻くれている部分があったら読了の自信はありませんでした。

葉桜以外も女性陣含め全体的に描写は悪くなく、春木氏も疑いはともかく大人の情報筋としてちゃんと描かれているわけですし。
若いコメディリリーフが不在なこと以外は特に言うことないですね。

まとめ

ごめんなさい、続きはないです。
主人公の復讐者の部分で辛かったのですが、復讐者でなくなった主人公に期待が持てない。

彼の行動をポジティブに受け入れられるならいいですが、基本後ろ向きな私には合いませんでした。
葉桜のキャラクターはとてもいいので、ボーイ・ミーツ・ガールとしては普通に良いかもしれません。

でもどちらかといえば二人の保護者の大人のやりとりのほうが魅力的だったので、この部分だけでも全然アリかもしれません。

ただ、「学と葉桜の物語」である限りは私はここで終えとこうかと思います。

なれる!SEは…どうしようかな…